大都会の片隅、古い木造の階段を上がると、デニムの端切れに埋もれながら黒縁眼鏡のお兄さんが
ミシンとアイロンを駆使し服を縫製している。
私が入っていくと作業の手を止め、コーヒーを入れてくれる。
ペンキで白く塗られた木の空間。デニムと糸とコーヒーの香りが入り混る独特の雰囲気。
お兄さんが衣服についての持論を展開する。
縫製中のものは、新旧のデニムの端切れを縫い合わせたジャケットである。
すり切れた端切れ、新しく硬い端切れ、色んな形の端切れ、
たくさんの端切れが丈夫そうな糸で打ち抜かれ一体化し、一つの形に生まれ変わる。
〇△✕という呪文の様なブランド名だ。
19歳の私はお兄さんの持論に耳を傾けるものの、目はジャケットに釘付けになる。
気の遠くなるくらいの回りくどい作業を経て作られるミシンの前の物体に夢中だ。
新しいのか、古いのか
存在感が出るのか、消えるのか
風合いがあるのか、ないのか
サイズが大きのか、小さいのか
オリジナリティがあるのか、ないのか
馬鹿げているのか、真っ当なのか

この作業場に入ったのはおそらく2,3回ほどだと思う。
ほとんどの記憶は薄れているが、出現しつつあるジャケットのインパクトは今も強烈だ。
最近の仕事において、ダメージ加工やエイジングのアイデアを思案するうち、
このジャケットが夢に出た。
表面を古く見せたり、周りに馴染ませたりするのとは、完全にちがうモノの有り様。
写経の様に単純で我慢強い取り組みから生まれる「別次元」。。。
もう、形容する言葉が尽きた。

このブランドは今も健在で、回りくどい作業を厭わないことが社是となっている。
写真もHPから頂いた。
N.F